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円環少女 第13巻「荒れ野の楽園」感想

以下ネタバレ


この世に客観的な善悪は無く、
全ての人間が自分の理想とする世界を目指して戦っている。
正しい者同士が衝突する以上、必ず争いは起こる。
そこにあるのは強者が弱者を喰らい、力なき者は踏みにじられる現実だけ。

そこまでならば、他の作品でも普通に見かけるテーマですが
本作ではそこから一歩踏み込んで、
『再演世界』という、かなり理想的な救いの形を提示しました。

人を救う自然秩序が存在し、
未来の再演魔導師が人類を操作して、理想的な結果へと導く再演世界。
それとて、その再演世界に反発する人間や
壊しかねない人間を犠牲にする矛盾を抱えている。

ただし再演世界では無駄な犠牲というものが出ない。
戦争には、命令を逸脱した略奪や暴行、虐殺などが付き物ですが、
再演魔導師に操られた兵士はそんな無駄な殺人は行わない。
同様に、平和な社会における犯罪というものも起こらないのだろう。
食糧や資産は均等に配分され、魔法を使うことで資源はほぼ無限に得られる。

どんな救済にも犠牲は出る。それを絶対の前提とするならば、
その犠牲を最小限に留める秩序を維持出来るならば、
それこそが理想の世界足りうるのではないか。

ならば、その理論に基づいて創り出された世界は本当に正しいのか?

というのが大まかなテーマとなっている。

本作では再演世界の矛盾や問題点がこれでもかと指摘されるわけですが、
同時にそれがもたらす恩恵の大きさについてもきちんと語っている。
実のところ、これを決定的に否定しうる根拠はどこにもない。
やろうと思えば、そんな設定を造れたにもかかわらず、だ。

どちらが正しいか、究極的にはこれは個人の価値観の問題に収斂する。
目指す世界が違うならば、人々はそれぞれが正しいと思う世界を目指して争いを始める。
つまり最初の話に逆戻りしてしまう。

そこに描かれているのは、再演世界と言う理論的に最上と言える救済があったとしても、
それでも価値観のずれによる争いは生じてしまうという、どうしようもない現実。

それ以上でもそれ以下でもないものだと思うのです。


確実な安寧か、不確実な進化か、この問答に答えが出ることは無いだろう。
私は希望的観測を「結果論でしか正しさを証明できない理論以前の戯言」だと
思っているから、心情的には再演大系よりなんだけどね。

あくまで心情であって、作中人物の言うことはどれも理は通っている。
そして、合理性も他者の利益も関係なく、
自分や自分の大切なものを守るために戦うのはごく当然のことで、
これは誰にも否定できない。
存在を否定されたら、死ぬか戦うしかないんだから。


物語はまぁ、ある意味予想通りの結末を迎えたわけですが……
これをハッピーエンドだとは呼びたくはないな。
『幸福』とは、個人の一方的な価値観に過ぎないわけだし。

アフリカの貧困地帯にいる人々は、
来るかもしれなかった救済を断ち切られ、また地獄のどん底に突き落とされている。
そして、未来の再演世界を生きていた人々は世界ごと消滅させられている。

結局、どちらが勝っても甚大と言う言葉では言い表せないほどの
犠牲が出る戦いであることは最初から決まっていたわけで……
悲劇的な結末を迎えることは最初から約束されていたようなものですな。



ある意味魔法世界全体を巻き込んだ戦いなのに、
出て来るキャラクターはこれまで登場したキャラばかりです。
全体的に、これまでの話を振り返るような描写が多いのは、最終話ゆえでしょうか。

まず序盤に仁がやたら女性の体の線を気にする描写があるんですが、
ああ、これは作者も意図してやっていたんだなーと。

次は寒川紀子の変態センサー。
今度はマチルダ・クリストリッツァが引っ掛かりました。
電車の中でバニーガールって、
こういう変態の描写の仕方もあったのかとちょっと感心しましたよ。
細かい説明抜きでストレートに変態だと伝わってくるもの。

ご丁寧に聖霊騎士デューガまで再登場。

逆天王が更にパワーアップしとるw

大逆天王の飛行形態・逆天空王
オルガを乗せた「茨・磔刑式」を装備!

王子護のこの台詞に笑いましたw

「ジンでは君たちヲ斃せなかったデスが、
≪沈黙≫ナド、我らの中でもっとも小物デス」


専任係官集結。
結局6,7人目の専任係官は出て来なかったな。


カラー絵のアンゼロッタが聖霊騎士を呼び出すところ、
てっきり『はじまりの十五騎士』が全員出て来るかと思っていたので、
ユーグとミヒャエルの二人だけだったのでそんなものかと思ったり。

リュリュは犠牲になったのだ……
アナスタシアも死んでたし、何だかんだで死ぬ人は死んでしまう。


それにしても再演大系の反則ぶりには圧倒されるばかりです。
きずなが再演大系の化身<運命の化身>を使うところが本作最大の山場。

並行世界の自分を二十五体呼び出し、彼女らの同盟者、
この世界ではすでに死亡して存在しない者達を召喚する。
彼らは魔法ではなく、人間関係で結んだ「きずな」というところが上手い。

絶体絶命のケイツの下に現れたのは兄グレン・アザレイ!
相変わらず無体な即死攻撃使うところが実にらしいです。

イリーズ戦争で生き残った世界のイリーズは<絶望の大神>と呼ばれ、
月まで魔法を飛ばすとか……アクエリオンかよ!

「今日は姉弟の全裸騎士だ」

全裸の疾風が今、吹き荒れる――


全裸弟はともかく、フィリップ・エリゴルまで復活するとは思わんかったよ。
「優勝・大逆天王」をやりたかっただけかもしれんがw

「一途にこいねがうように、瑞希は呟く」

あーこれまで匂わすような表現ばかりだったけど、やはりそういうことだったの?
ひらがな使ってぼかす辺りが上手い上手い。

黒騎士ユーグに認められて聖騎士将軍になった
エレオノールとアンゼロッタとの聖霊騎士をつけたタッグ戦燃え。


終末の未来に飛んだ武原舞花と最後の魔法使いである倉本きずなとの
再演魔導師同士の争いであったことが判明する。

きずなを選ばなければ、最後の魔法使いによって舞花のいる終末の未来に飛ばされます。
舞花を斃しても帰還は不可能な片道切符。

それでも仁はメイゼルを選びました。
仁は「中学卒業したら付き合ってもいい」とか言っていましたが
それなら日本の法律的には穏当な落ちだったのですよね。
それなのに……やりやがったw

最終話だから小学6年生とキスしても問題ないぜーw

これまでずっと小学生ヒロインと言う肩書でやって来たのだから、
今更安直な逃げは許さなかったということか。


舞花とのラストバトルは、善悪などとうに超越した
ただの血みどろの殺し合いって感じしかしませんでしたねー。

エピローグではメイゼルらしき女が死にかけの仁のところに現れて……

メイゼルは世界最後の少女にして最初の少女。
だから「円環少女」と。

いやー面白かったです。
つうか面白くなけりゃ13巻まで読まないし感想も書かないけど。
だから私は読む小説が少ない。
波長が合いそうなのが少なくて、大抵設定を見ただけで切ってしまうから。

笑えるところと燃えるところが随所にあり、
それでいて話の根底にあるのは、冷酷なまでにどうにもならない現実だけ。
読んでいる間はただただ圧倒され、
地面に叩き伏せられた後で更に土をかけられ生き埋めにされてぐうの音も出ない、
そういう感覚が味わえるのが読書の醍醐味です。


ジャンル分けと言う行為自体あまり意味が無いのですが
ファンタジーものとしては独自の設定があって、
第一に挙げられるのが魔法消去

何故この世界には魔法が無いか。
それは住民が観測した魔法を消去する能力を持っているから、
故に魔法世界の住人はこの世界を地獄と呼び、住人を悪鬼と蔑む。
なのに何故魔法使いは地獄にやって来るのかと言えば、
自然秩序が安定していて魔法実験に最適だから。

魔法使いと悪鬼が戦えば悪鬼が圧倒的に優位なので、
現代までに世界各地の拠点は潰され、協会の勢力圏は日本だけ。
これによって、物語終盤までは無闇に舞台が広がらないようになっている。

これって現代で魔法使いを登場させる上では最適の設定のように思えるんですね。
普通に考えれば魔法使いが戦闘などしていたら報道されまくるはずだもの。

そもそも、歴史上魔法が存在したとしたならば、
当然それを利用した新たなテクノロジーが生み出されたはずで、
文明も今とは全く違ったものになったはず。
そうなれば、科学崇拝主義の現代と言う
世界観を維持すること自体が非現実的になるんですよ。


今の科学だって、最初はオカルト扱いだったけど、
今はこうして当たり前のように広まってるわけで、
昔からある魔法がそうならない方がおかしい。
一族にだけ伝えられてきた……というのも無理があるだろう。
文明の発展に有用な技術は、どれだけ独占しようとしても
いつかは必ず露見するのが歴史の必然ですし。

そんな中、魔法が広まらない理由が魔法消去があるからというのは
実に説得力があると思うのです。


もう一つが魔法大系
魔法はそれぞれの魔法世界の自然秩序の歪みによって生まれる物で、
その基礎は魔法世界によって異なり、総ての魔法は基礎の応用から成り立っている。
だから、率直に効果だけを現した魔法は無く、必ず根底には基礎となる魔法大系があり、
どういう原理でこうなっているのかが逐一説明される。

その点では相似大系が一番面白いんだよね。
「似た者同士を操る」という基礎だけで
あれだけ多様なことが出来るのかとグレン編を読んでいて感心しました。
本格的に面白くなったのが2~3巻、グレンが分子相似を使った辺りなので、
ある意味本作を象徴するキャラの一人だったりします。
一巻までは実のところ何をやっているのかよく分からないところが多かった。

地の文、つまり説明が多く、それ無しでは物語を正しく把握できない。
故にアニメ化には全く向いていないのである意味不遇の作品ですね

周知の通り私はラブコメ嫌いなのでその辺の要素が薄いのも良かった。
つうかそれこそが私が七割近いラノベを敬遠する原因になっているのだが。
そこはメイゼルが小学生で日本の法律的にアウトだったのが幸いしたか。
明らかに見た目幼女を18歳以上と言い張るから犯罪的になるのであって、
ならばヒロインにガチ小学生を配置することで逆に物語の健全化を図る。これぞ発想の転換ですね。


アンゼロッタがメイゼルに似ているのは、メイゼルの螺旋同位体だかで、
それ以上深い設定などはありませんでした。
正直アンゼロッタがメイゼルに似ているとは全く思わないんだけど、
10巻の登場人物紹介を見たら、仁とイリーズはそっくりだなと思った。
親子どころか同一人物?ってぐらい激似なんですが。

最終的には変わる人間もいたり変わらない人間もいたり。
仁、きずな、ケイツ、エレオノール、リュリュなどは
物語を通して大きく変わっていった典型で
メイゼル、瑞希、京香、寒川は当初の属性をより深めていった、変化と言うより深化。
八咬、オルガ、王子護、アンゼロッタ、九位、アリーセなどは
最初から最後まで全く変わらなかった感がある。

好きなキャラはアンゼロッタ、九位、アリーセ
聖人、俗物、狂人と、強さと冷酷さ、
歪みと美しさが混在しているところが良いです。
実際ライトノベルの女性キャラでランキングつけたら
この三者が上位を独占するのだろうな。
対抗馬となりうるのがされ竜のパンハイマぐらいだもの。

好きな魔法は八咬誠志郎の『破壊(アバドン)』。
観測した者を全て破壊するという、
魔法消去と言う設定が無ければ到底使えないほどの反則能力。
それでも扱いにくいから表に出ることはほとんどありませんが。
この凶悪さと扱い難さのバランスが素敵です。
後は前述の通り、相似大系の魔法は大体好き。

もっとも萌えるキャラはケイツとベルニッチ。異論は認めw


今年に入ってからは「戦闘破壊学園ダンゲロス」に続くヒット。

次回は全く別の話をやるようですが、
円環少女の世界観を下敷きとした、別の物語も見てみたい気がします。


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